

廿楽順治
華厳院花太郎
「華厳院」
「花太郎」
名まえに負けて
ずっと泣いてきた男だ
いくらなんでもそんな名まえはない
だれもが思う
そのありえない生を
おいらはずっと生きてきたんだぜ
たとえば夜
すべての公園の
蛇口をしめていく労働のくらし
(おまえら思ったこともなかったろう)
名まえだけはいつだって
まわりのひとを圧倒してきた
「華厳院」
「花太郎」
世界が名まえだけだったら
おれは誰にも負けやしない
きっと今ごろ
美人のおかみさんだってもらってた
こんな夜も
じぶんのためにだけ
ゆっくり
蛇口をしめ直していただろう
へちま
おまえずいぶん肘がよごれているな
へちまに石鹸をつけながら
父親は消えかかっていた
こんなときだから言いますが
よごれているのはどっちでしょう
(近所の香藤湯がぼくのことを思い出している)
とっくに燃える小学校は終わりました
ぶっそうだから
もうへちまなんかしまってください
でも肘をよごしたまま
おまえはずいぶん無理して
ここまできたんだろう
(親子だからいうけどね)
おとうさん
その記憶のへちま
ちがうひとの夢のつけ根を洗っているんですよ
どんなに洗っても
ぼくはもう
そこにはいない
盆の事情
そうでなければならない事情があった
お盆ではこばれてくるのは
ばらばらにみえる手足
各自の事態はちっともよくならない
夏は
熱いぜんたいとしてやってくるが
わたしたちはいつも事情のある
めんどうな個人だ
目をさませ
などと言われたりする
(まあ事情が事情だから)
後生です
つめたいお茶をいっぱいくれませんか
するとまたもや
お盆ではこばれてくる事件
しかしそれは切迫さをかいている
三人の死者とともにあることを
あなたはすっかりわすれていたでしょう
(ほら顔に二重まるがかいてある)
これでやっと生きかえりましたよ
なんて
石のうしろで
わたしたちはいうまでもなく死んでいるが
事情はもううるおった
(目をさませ)
いまのひとは歩行中に具体をうしなっている
というので
この社会はいつもおおさわぎである